治療家を目指すきっかけ

私が治療家を仕事とすることになったきっかけは、幼いころから打ち込んだ野球にあります。

ずっと投手として頑張っていたのですが、中学2年の時に肘を痛めてしまいました。

はやく試合に戻りたかったので、良いと言われる病院を聞いては回り、最終的には県外の浜松の整形外科まで行き、そこではっきりと『ピッチャーは諦めなさい』と医師に告げられ、目の前が真っ暗になったことを覚えています。

その後、ショートポジションにコンバートし、目標の甲子園には出場することができたのですが、自分の中では大きな目標を挫折したままのような気がしていました。

しかし投手として活躍することが諦められず、その後大学に入ってからは再度投手をやることを決意します。

ただ一度は肘を痛めているので、どうすれば負担なく効率よくそれでいて速い球を投げられるのかには人一倍気を使います。

そんな風にして身体の仕組みや構造について興味を持つようになっていきました。

そんな中で中学生の頃にはわからなかった野球肘の痛みのとり方であったり、膝や首、腰痛、関節の痛みのとり方を学ぶ整体と出会うことになります。

そこで、『これを世に広めれば、私と同じようにケガや故障による体の問題に悩む方の助けになれるのでは』と決意し、治療家の道に進むことになりました。

それから8年、急性のぎっくり腰などを対象とした整体院を続けました。

当時の肘を痛めて諦めてしまった自分のような方の助けになれば良いと思って続けていたのですが、その日の痛みはとれても、また何週間後、数ヶ月後に同じ症状でみえる患者さんがいて、次第に自分のしていることに意味はあるのかという疑問を持つようになっていました。根本的には治っていないと感じたからです。

むしろ、痛みをとらない方が、その方にとって生活習慣を変えるきっかけになるのではないか、私が痛みをとることで、その機会を先延ばしにしているのではないかとも思うようになっていました。

私自身も大学生の時に発症した足の障害が根本的には治っておらず、ストレッチや整体のようなテクニックだけではなく、より根本的な生活習慣や体の癖、そういったところを変えない限り、本当の意味では治っていかない、姿勢改善を目的とした治療に変えていかなければいけないと考えるようになりました。

しかし、根本改善とはいうものの、具体的なところ、それが何なのかわかりませんでした。

ウォーキングがいい、足のテーピングが必要、マインドが大事だ、筋トレこそ解決策、食事、情報の選択、、良いと言われるものがある中で、確かに大事だけど、それだけでは効果のないものや自分にはできても全ての人にできるものでないもの、そもそも間違った情報、手段は良くてもやり方の問題で良くも悪くもなるもの。

これといった解決策に出会えないまま3年の時を過ごしていました..

 

ゆるかかと歩きとの出会い

正直、半ば諦めていました。それでも自分自身の生活習慣は、以前より改善していて、ライフスタイルとしての運動や禁酒、そして健康について、自分自身のこうありたいが以前より明確になってはいました。

しかし、治療としてはまだ何か欠けているように感じていて、実際に、肩も腰も痛くなく、バク転ができても、足のムズムズとした症状は私自身残り続けていました。

そんな時にネイティブウォーキング協会の中島先生の動画をみて、今までの治療とは違い、そして派手さはないものの根本的かつ威力のある自分が探していた治療ではないかと思い、インストラクター講座を受講しました。

中島先生のおそらくほとんどの動画をみて、ある程度理解しているつもりで受講したのですが、実際に歩行指導を受けてみた感覚は動画で見た内容よりも衝撃があり、なるほどと、自分の中で足のムズムズの原因を説明されているようにさえ感じました。

私は8年間フルで治療院をした後、3年間はあまり予約を受けずに仕事をしてきました。それは自分自身のライフスタイルを見直す時間をつくるためでもありましたが、根本治療をしたいという気持ちに反して、そこまでの自信がなかったというのが正直なところで、同時に悩みでもありました。

私が歩行指導をしようと思った理由は、その悩みを解決する治療だと感じたからです。情報の溢れる現代において、本当に自分の求める情報にたどり着くことは容易ではないと、自分の経験からも思います。
しかし、それを求めて行動したから歩行指導に出会えたと思っています。

そんな経験があって、私の治療院にみえた患者様に、『ここに来てよかった』と思ってもらえる仕事をしたいというのが私のスタイルです。